虫の涙 |
今から数百年ほど前、山の中ほどに小さな村があったそうです。 気候があまりよいところではなく、水資源にもとぼしく、山に住む虫たちにとっては少々住みづらいところでした。 村のはずれには、毎日毎日炭を一生懸命焼いているおじいさんがおりました。 おじいさんは虫たちと大の仲良しでした。 今日も朝早くからおじいさんは炭を焼くために、おばあさんが握ってくれたおにぎりと水の入った竹筒を持って、せっせ、せっせと山を登っていきました。 炭焼き小屋につくとおじいさんは虫たちに「おはよう!おはよう!」と声をかけました。 すると虫たちもたくさん集まってきて、おじいさんに挨拶をしていました。 するとおじいさんは「さあ、ごはんだよ。」と持ってきた3つのおにぎりのうち2つを虫たちに分けてあげました。 「ここに水もあるからね」と竹筒の水も差し出しました。 水資源がとぼしく、食べ物にも一苦労していた虫たちは大変喜んで「ありがとう、おじいさん。」と言いながら、おいしそうにおにぎりと水をほおばりました。 ふと虫たちはおじいさんの分があるのかどうか心配しました。 おじいさんは虫たちのそんな気持ちを察してか「ああ、わしの分はあるよ。これ一つあれば十分だよ。心配しないでたんとお食べなさいな。」と言ってもう一つのおにぎりを見せてくれました。 その言葉とおじいさんの優しい笑顔を見て虫たちはほっと一安心しました。 おじいさんは「さて、そろそろ炭でも焼くか。」と言いながら、腰を上げ、いつものように炭焼きの仕事に取り掛かりました。 虫たちは、このように毎日毎日おじいさんが優しく接してくれるので、みんなで力を合わせて木や炭をせっせと運ぶお手伝いをしました。 そんな毎日が続き、おじいさんも虫たちも一緒にご飯を食べたり、炭を焼くことがとても楽しみになっていました。 ところが、3日ほどおじいさんが炭焼き小屋に姿をあらわしませんでした。 虫たちはおじいさんが身体の具合でも悪くしたのではないかと大変心配しました。 そこで、おじいさんの家を捜し歩き、やっとのことでおじいさんの家を見つけました。 するとおじいさんはたいそう元気がなく、歩くのもやっとという感じでした。 おじいさんはおばあさんに「これから炭焼き小屋にいってくるよ・・・」と何とか立ちあがろうとするのですが、結局は倒れてしまうありさまでした。 おじいさんは小さな声で「わしは、炭焼き小屋のそばに住んでいる虫たちに申し訳なくてなあ。ここで寝ているわけにはいかないんだよ。この村には、食べるものも水もあまりないから、虫たちも大変困っとるんじゃよ。」とおばあさんに言いました。 それを聞いたおばあさんは「おじいさんや。そんなことなら心配いらないよ。私がおにぎりと水を持っていって虫たちに分けてあげますよ。」と言いました。 虫たちはそんなおじいさんとおばあさんの会話を家のかげでこっそり聞いて、ポロリと大粒の涙を流しました。 「おじいさんとおばあさん・・・。なんて心の優しい、温かい人達なんだろう。」そこにいた虫たちはつくづく感動していました。 そして、虫たちは急いで炭焼き小屋に戻り他の虫たちにおじいさんとおばあさんのことを話しました。 すると他の虫たちもみんな感激でいっぱいになりました。 そして虫たちみんなで考えて、おじいさんの身体がよくなるまで代りに炭焼きをすることにしました。 善は急げと早速虫たちはおじいさんの見よう見真似で炭焼きを始めました。 虫たちはいつもおじいさんのお手伝いをしていたけれど、実際にやってみると予想以上に大変な作業であることがわかりました。 とてもとても熱くて熱くてやけどしたり、死にそうな思いでした。 それでも少しでもおじいさんの役に立ちたいという一心でみんなで力を合わせて一生懸命に炭焼きをしました。 それから数日間はおじいさんとおばあさんが話していたとおり、おばあさんが炭焼き小屋までやってきて虫たちにおにぎりと水を分けてくれました。 おじいさんと同じように「さあ、ごはんだよ。」と優しい笑顔でした。 虫たちも「ありがとう」と言いながら、おいしそうに食べました。 ところが、またしばらくするとおばあさんも炭焼き小屋に来なくなりました。 心配した虫たちはまた何かあったのではないかとおじいさんの家へ様子を見にいきました。 すると、おばあさんが一人悲しそうに座り込んでいました。 どうしたのかとのぞき込むと、おじいさんはふとんの中で静かに横たわっていました。 おじいさんはただ寝ているようには見えませんでした。 おばあさんはおじいさんを見つめながら動かぬおじいさんに語りかけていました。 「おじいさんや、心配しないでね。もう少ししたらちゃんと炭焼き小屋の虫たちにごはんをあげにいきますからね。安心していてね。」 その様子から虫たちはおじいさんが帰らぬ人となったことを悟りました。 虫たちは大急ぎで炭焼き小屋へ戻りました。 「大変だ!大変だ!おじいさんが亡くなってしまった!!」 「何だって!!」 その日、虫たちはみんな大きな声をあげて、大粒の涙を流しました。 そんな悲しい一夜が過ぎ、次の日の朝、何事もなかったようにおばあさんが炭焼き小屋へやってきました。 そして何事もなかったように「さあ、ごはんだよ。」といつものように優しい笑顔を向けてくれました。 しかし虫たちはおじいさんが亡くなったことも知っているし、おばあさんが亡くなったおじいさんに向って約束していたことも知っていたので、悲しさをこらえておにぎりがのどを通りませんでした。 そしてただただみんなで涙をこぼしていました。 すると、おばあさんは「どうしたの?」と聞きました。 虫たちは「だって、おじいさんが・・・、おばあさんが・・・」と言葉にならず、ただただ涙をこぼしていました。 おばあさんはそんな虫たちの気持ちを察して、「ああ、そうか、そうか。・・・おじいさんは遠いところへいってしまったけど、このおにぎりがおじいさんの気持ちそのものだよ。私がおにぎりを持ってくる限り、おじいさんはこのおにぎりと一緒にお前達のところへ来てるからね。」と優しくなぐさめてくれました。 虫達はそんなおばあさんの温かい気持ちに胸を打たれて「ありがとう、ありがとう、おじいさん、おばあさん。」と何度も何度も繰り返しました。 そして、おじいさんとおばあさんの心の豊か、優しさに感動して、さらに涙がとまらなくなりました。 やがて、月日がたち、おばあさんも目や足がすっかり弱ってしまいました。 ある日、おばあさんはいつものように、虫達のところへおにぎりを届けにいくつもりが、道を間違え、険しい山の上の方へ行ってしまいました。 そして、道に迷ったままとうとう倒れてしまい、そのまま帰らぬ人となってしまいました。 それからというもの、水資源が不足していたこの村が急に水が豊富になり、池ができ、小川が流れ、人間も虫達も安心して住める村に変わりました。 それは、おじいさんとおばあさんが亡くなったことを悲しく思った虫達が毎日毎日大粒の涙をこぼしつづけていたため、その涙が池となり、小川となったのでした。 それ以来、その村の水源は涸れることはありませんでした。 そして、その村では今でも大昔のおじいさんとおばあさんのお話が語り継がれ、その優しい気持ちを祭るため毎年秋には水源祭りが行われています。 今年も秋が来て、村では祭りの音が聞こえてきます。 虫達の間でもおじいさんとおばあさんへの感謝の気持ちが代々語り継がれているそうです。 |
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