濁酒(どぶろく) |
明治30年の半ば頃の東北の山添の村でのお話です。 農家に生まれた政五郎は仕事があまり好きではなく、朝から濁酒(どぶろく)を飲んでいた。今で言えばにごり酒。それは、政五郎がこっそり自分でつくった酒で、はっきり言って密造である。 政五郎は、この密造した濁酒(どぶろく)を毎日毎日飲んでいたので、村でもそのことを知らない人はいなかった。 しかしこのことは、とうとう役人様の耳に入り、密造の疑いで政五郎の家まで調べに来ることになった。 そして役人達がやってきて、「お前は酒をつくっているそうだな。その場所へ案内しろ。」と政五郎に言った。 すると、政五郎は「はい、つくっております。では案内いたします。」とはっきりと言ってしまったのである。 そう言うと政五郎は、役人達を連れて家のウラ道を通って約30分ほど歩いていった。 現場につくまでの30分間は、政五郎と役人達の間には何一つ会話がなく、ただひたすら歩いていた。 現場についてようやく政五郎が口を開いた。 「お役人様、竹はこれです。」と竹やぶを指さして言った。 役人は「何を言っているんだ!竹ではなく酒をつくっている場所だ!」と怒って言った。 怒って真っ赤になっている役人を相手に政五郎は「酒?酒をつくっている?とんでもない、酒などつくっているわけないでしょう。」と言った。 役人は「本当に酒をつくっていないのか?」と政五郎に聞き返した。 政五郎は「酒などつくってませんよ。お役人様が竹をつくっているところを案内しろと言われるから、この竹やぶまで案内したんですよ。」と言った。 役人は「そこまで言うなら、家の中を調べさせてもらおうじゃないか。」と今来た道をさっさと歩いて行った。 それに続いて政五郎も家へと歩き始めた。 役人達と政五郎が家につくと、政五郎のおっかあが待っていた。 役人はおっかあに向って「ちょっと家の中をしらべさせてもらうよ。」と言って家の中を調べはじめた。 しかしいくら探しても酒などでてこなかった。 これは一体どういうことか、役人達にもわからなかった。 そして役人達はこれは単なる噂だったのかとシブシブ帰るしかなかった。 役人が帰ったあと、おっかあとヤレヤレといった感じで、家の外へ出て行った。 すると、どこからか濁酒(どぶろく)をもってきた。 実はおっかあは政五郎が役人達を竹やぶに連れて行っている間に濁酒(どぶろく)を見つからない場所へ隠していたのだった。 政五郎は「おっかあよ、おらが気をきかして、役人達を竹やぶまで連れて行ったかいがあるな。」と自慢げに話した。 おっかあは、「なにいってんだい、政五郎。もうこれきりにしないと、あとで痛い目にあうかもしれんよ。」と怒って言った。 政五郎はあくまでも明るく「大丈夫、大丈夫、役人なんてちょろいもんさ。」と豪快に笑いながらまた濁酒(どぶろく)を飲み始めた。 そして、また相変わらず政五郎は毎日毎日濁酒(どぶろく)を飲んでいた。 役人達が調べに行ったあとも、政五郎が酒を密造しているという噂は消えることはなかったので、役人達もこれはおかしいと考えた。 そして、しばらくしてから、また政五郎の家まで役人達は調べに行った。 その時も政五郎は前回と同じ方法で、酒と竹を聞き間違えたかのように、役人達を竹やぶへと連れて行った。 おっかあは、今回もしかたがなく濁酒(どぶろく)を隠そうとした。 その時だった。 隠れていた別の役人が現われた。 おっかあが濁酒(どぶろく)を持ち出すところを見られてしまったのだ。 おっかあは言い訳することもできずに、ただその場にしゃがみこんでしまった。 しばらくすると、竹やぶにいっていた役人達と政五郎が帰ってきた。 それまで余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の政五郎の顔色が一変した。 もう、竹と酒を聞き間違えたとは言い訳できなかった。 役人達は、証拠をつかんで、「もう二度と酒を密造するな。もし今度そのようなことをしたら牢に入ってもらうことになるぞ。」と忠告し、帰っていった。 すっかりショボンとしてしまった政五郎とおっかあ。 その日から政五郎は酒をつくることも、飲むこともなくなった。 おっかあも政五郎を甘やかしていたことを反省した。 そして、二人は心を入れ替え、一生懸命仕事に精を出すようになったということだ。 |
このページの先頭へ | 昔話風・現代風メニューへ | 童話メニューへ | ホームへ |