ななこへのお弁当 最終編 じいじ&ばあばホームへ
そろそろ秋も近づき、おかあちゃんも仕事に大分慣れてきました。

ななこもおかあちゃんと二人で一緒にいるときほど、こんなに楽しくてうれしいことはありませんでした。

来年の4月には、ななこも小学校に入学するので、おかあちゃんは毎日仕事が終ったあと少しずつ自分の名前が書けるように教えています。

ななこの名前は、「まつかわ ななこ」といいます。
三日くらいで、自分の名前を全部ひらがなで書けるようになりました。
始めは、「まつかわ」と書くのも大変でした。
おかあちゃんが「ま」は上からまっすぐおろして、右にくるっとまわすのよ、と教えますが、何度書いてもまっすぐおろしてから、左にくるっとまわしてしまいます。
でもおかあちゃんは何度も何度もななこにおしえてあげました。
そうするうちに、ななこもすっかり自分の名前を書けるようになりました。

「おかあちゃん!ななこねえ、自分のお名前書けるようになったよ!」
「あら、本当?」
「うん、今書くから見ててね。」

おかあちゃんがそばで見ていると、ななこはきちんと「まつかわ ななこ」と書くことが出来ました。
「ななこ、よく書けたね!」と誉めると、「うん、ななこいっぱいお勉強したんだよう!」とうれしそうでした。

やがてクリスマスの日が近づいてきました。
おかあちゃんは、一度もななこにクリスマスプレゼントをあげることはできませんでした。
無邪気にななこは「ねえ、おかあちゃん。今年はななこにサンタさんくるのかなあ?」と聞きました。
あまりにも無邪気な顔を見て、おかあちゃんは「そうねえ、ななこはいい子だからきっとサンタさんくると思うよ。」ととっさに答えてしまいました。
それを聞いたななこは大喜びでした。
ななこの喜ぶ姿を見て、おかあちゃんはなんとかななこの夢をかなえてあげたいと思いました。

そしてクリスマスイブの日、おかあちゃんとななこはショートケーキを2つとジュースを買ってささやかなクリスマスパーティをしました。
豪華な料理があるわけでもありませんでしたが、おかあちゃんはこんなうれしそうな顔をしているななこを見るのは初めてでした。
「ねえ、おかあちゃん。ななこにサンタさんくるよねえ。」
「うん、ななこはいいこだから必ずサンタさんがくるわよ。」
「サンタさんはいつ来るの?」
「ななこがおふとんに入ってサンタさんの夢を見たら、次の日サンタさんからのプレゼントがななこの靴下に入ってるわよ。」
「うん、今日は早く寝るね。明日が楽しみだね。」

「じゃあ、おやすみ、ななこ」
「おやすみなさい、おかあちゃん」

おふとんに入るとななこはスヤスヤと寝息をたてて、とてもいい夢を見ているかのように幸せな顔をして眠っていました。

朝になり、ななこは自分の靴下を見ると、中に何か入っているのに気が付きました。
わくわくしながら、靴下の中をのぞくと、なんとプレゼントが入っていました。
「ななこにサンタさんが来てくれたんだ!」
とななこは大喜びです。
なにしろ、ななこにとっては初めてのサンタさんからのクリスマスプレゼントだったのですから。
プレゼントの中味は折り紙でした。
ななこは、うれしくてうれしくて、おかあちゃんに「ななこにサンタさんが来たよ!」と伝えました。
おかあちゃんは、「ななこはいい子だから、サンタさんが忘れないできてくれたんだね。」と優しくほほえみました。

ななこは、目をキラキラさせて、「ねえ、おかあちゃん、お仕事終ったら一緒に折り紙を折りたいよう!二人でいろんな物を作りたいの!おかあちゃん、いいでしょう?」とおかあちゃんにお願いしました。
おかあちゃんはもちろん喜んで約束しました。

そして、おかあちゃんのお仕事が終り、二人で時間が経つのも忘れるくらい一緒に折り紙でいろんなものをつくりました。
ななこにとっては、どんな高価なおもちゃよりも、折り紙でおかあちゃんと二人で物をつくることが本当に楽しかったのでした。

楽しいクリスマスも終り、やがてお正月が近づいてきました。

「ねえ、おかあちゃん、あといくつでお正月がくるの?」
「そうねえ、あと5日。あと5回寝たら来るのよ。」
「ふ〜ん、あと5回寝たらお正月かあ。」
「お正月が過ぎて、春になると、ななこも小学生だねえ。学校いきたいかい?」
「うん、おかあちゃん。ななこねえ、学校に行っていっぱいお勉強するんだ!そうして学校で覚えたことおかあちゃんにいっぱい教えてあげるからね。」
「そう、おかあちゃんに色々と教えてね。」
「うん、いいよ!おかあちゃんに、いろんなこと教えてあげる!」
「ななこ、ありがとう。」

そしてお正月がやってきました。
二人でおもちを食べた後、おかあちゃんはななこを呼びました。
「なあに、おかあちゃん。」
「はい、これ、お年玉」
「えっ!ななこにお年玉くれるの?いいの?」
「ななこは、いいこだから、特別だよ。」
「うん、ありがとう。」
ななこは初めてお年玉をもらってとってもうれしくてしかたありませんでした。

ななこがお年玉の袋の中味をのぞいてみると、200円入っていました。
すると、ななこは200円をおかあちゃんに差し出しました。
「どうしたの?ななこ?」
「おかあちゃん、これ貯金するの。」
「ななこ、何か好きなもの買ったらいいでしょう?」
「ななこねえ、いっぱい貯金して、おかあちゃんがおばあちゃんになったら旅行に連れて行ってあげるの。」
「ななこ・・・」
おかあちゃんは、ななこが本当に心優しい子で良かったとしみじみと感じました。
その時おかあちゃんの目は今にも涙があふれそうでした。

「おかあちゃん、今いいものつくってあげるね。」とななこは、ちらしの裏側が白い紙を小さい四角に切ったものをたくさんつくりました。
そして白いほうに自分で考えた「いろはカルタ」を書いていきました。
ななこは毎日字を書く練習をしていたので、もう大分ひらがなを覚えていました。
「おかあちゃん、できたよ!一緒に遊ぼう!」とちらしのカルタを見せてくれました。
「それじゃあ、まずは『い』は何かな?」
「『い』は、『いつもにこにこおかあちゃん。』」
「ふふふ、じゃあ『ろ』はなあに?」
「『ろ』は、うんと・・・『ろ』だけはわからなかったんだ、ななこ・・・」
「いいのよ、ななこ。上手につくってくれたねえ。世界に一つしかない素敵なカルタよ。」
「へへへ」とななこは少し恥ずかしそうでしたが、おかあちゃんに誉められてとてもうれしくてしかたありませんでした。

お正月3日間はおかあちゃんのお仕事もお休みでした。
だから、ななこは朝からずっとおかあちゃんと一緒でした。
それだけで、お正月はとても楽しくて、幸せな気持ちのななこでした。

本当は4日からお仕事だったのですが、お店のご主人がこの二人っきりの家族を車でドライブに連れて行ってくれました。
行き先は、海の見えるところでした。
ななこは海を見ると目をまあるくしていました。
なんといってもななこは海を見るのが生まれて初めてだったのです。
「ねえねえ、おかあちゃん、これ海?海って大きいねえ。どこまで続いてるんだろう?あれ?あそこに大きいお船があるよ〜!ねえ、ねえ」
ななこは船を見るのも初めてでした。
その日はななこにとって初めてだらけで、驚きの連続でした。

海を見ながら、店のご主人は二人にこんなお話をしてくれました。

「もし、迷う時、困った時、苦しかった時は、海のずーっと遠くを見てごらん。遠くを見てると、物の奥深さを感じることができるだろう。そうすると自分がどれだけ小さいかよーくわかるんだ。目の前の物を見るから苦しんだり、悩んだりするんだよ。遠くを見てたら、そんなちっぽけな悩みなんてふっとんでしまうよ。」

ななこは目を閉じてじっとご主人の話しを聞いていました。
すると、何かボワーッと頭の中に浮かんでくるような気がしました。
びっくりして目を開くと、目の前には大きな海がずーっと遠くまで続いていました。
もう一度ななこは目を閉じました。
やはり浮かんできます。
目を閉じた暗い世界の中から、おとうちゃんの姿が浮かんできました。
ななこはおとうちゃんの顔などよく覚えていないけど、その人がおとうちゃんだということがよくわかりました。
ななこは心の中で「おとうちゃんだ!おとうちゃんだ!」とうれしくて叫んでいました。
暗い世界にいるおとうちゃんは「すまんね、ななこ」と言っているように見えました。
そして、おとうちゃんは
「目の前にあるから、目の前に見えるから、その物にやつあたりするんだよ。目の前の問題に悔しさを表わしたい気持ちもわかるけど、遠くを見ることで、そんな目の前のちっぽけなことにくよくよしなくてもいいってわかるんだよ。そうすれば、どんなことがあったって生きていけるさ。」
としみじみ語りおえると、ボワーッと静かに消えて行きました。

「おとうちゃん!」と思わずななこは声に出すと、自分の声に驚いて目をパッと開きました。
ななこの目の前には、ただ大きな海が広がっていました。
ななこはおとうちゃんがもっと大きなところへ向って頑張れ!と言ってくれたのだと感じました。

楽しいお正月も終わり、やがて小学校に入学する時期が近づいてきました。
おかあちゃんは、ななこにランドセルを買ってあげなくてはと思っていると、店のご主人がやってきてななこを呼びました。
「ななこちゃん。こっちへおいで。」
「なあに、おじちゃん。」
「これ、おじちゃんからのプレゼントだよ。」とななこにランドセルを背負わせてくれました。
ななこの顔はうれしさでいっぱいになりました。
「おじちゃん、いいの?ありがとう!ありがとう!」
ななこもおかあちゃんも店の主人のやさしい気持ちに感謝せずにはいられませんでした。

それから毎日ななこは、「あと何日で学校だあ!」と学校に行く日を楽しみでたまりませんでした。

いよいよ入学式の当日がやってきました。
主役は子供なのに、父兄のみなさんはまるでファッションショーのようにいろとりどりの華やかな装いでした。
おかあちゃんはちょっと恥ずかしいと思いました。
でも恥ずかしいと思ったことを恥ずかしいと思いなおしました。
だって、昔おとうちゃんに買ってもらった洋服を着て、大きくなったななこと一緒に入学式に出れたことだけでも幸せだからです。

入学式で先生が子供達の名前をひとりひとり読み上げました。
名前を呼ばれた子供は、みんな元気に返事をしていました。
おかあちゃんは、ななこがちゃんと返事ができるかどうかちょっと心配でした。
そして、「まつかわ ななこ」と呼ばれると、「はい!」と元気に返事をしているななこの声を聞いて、ほっとしました。

小学校に入って2ヶ月が過ぎた頃のことです。
「おかあちゃん、おかあちゃん、今日先生にマルをもらったよ!」とななこは大喜びで学校から帰ってきました。
そして数日後、ななこはテストの答案を持ってきて「50点だった。」とおかあちゃんに見せました。
おかあちゃんは「ななこよく頑張ったね。今度は60点に向って頑張ってね!」と決して怒ったりはしませんでした。
「うん、ななこ、少しずつだけどいろんなこと覚えてきたよ〜!ななこ頑張ってるよ!」と元気に言いました。

ななこが元気に頑張ってる様子を見て、おかあちゃんは少し安心しました。
おかあちゃんは、ななこが学校に行くことで心配だったのはいじめられるのではないかということでした。

そしてさらに2ヶ月後のことでした。
行方知れずだったおとうちゃんのことを書いてある便りが届きました。

おとうちゃんは一人で出稼ぎにいったきりだったが、仕事が思う様にいかずに、職を転々と変えていたとのことでした。そして、身体の具合を悪くしたのだが、無理をして仕事をしていたため、とうとう病気になってしまい、つい最近亡くなったとのことでした。

おかあちゃんは、やっと人生に光りがさしてきたと思っていた矢先だったので、かなりショックを受けました。何も悪いことをしていないおとうちゃんが、苦労した末に病に勝てずに死んでしまったことが、悲しくて悲しくて涙がとまりませんでした。

そんな時ななこが学校から帰ってきました。
「おかあちゃん、どうしたの?」
おかあちゃんは、ここで自分がしっかりしなくては、ななこを余計悲しませるだけだと思いました。
「ななこ、おとうちゃんが死んじゃったって。」
「えっ、おとうちゃんが・・・」
「でも、ななこ、心配しないでね。おかあちゃんはななこのそばにいるからね。」
「・・・うん。おとうちゃん死んじゃったの悲しいけど、ななこ泣かないよ。」
「おかあちゃんも、もう泣かないよ。」
「ななこもおかあちゃんのそばにいるから、安心してね。」
「ななこ・・・二人で仲良く生きてこうね。」
「うん」
本当はななこは、おとうちゃんが死んだことが悲しくてしかたありませんでした。
でも、おかあちゃんが泣いていたのを見て、ななこが泣いたらおかあちゃんが悲しむだろうと思ってわざと明るく振舞ったのでした。

こうしておかあちゃんとななこは、お互いに思いやり、励ましあいながら、毎日を過ごしました。
そして、それがおとうちゃんへの精一杯の供養になると信じていました。

ある日、学校で先生がみんなに「今日は、自分のお父さんのお顔を描いてみましょう!」と言いました。
ななこは、おとうちゃんの顔を描くことができなかったので、おかあちゃんの顔を描いて先生に見せました。
すると先生は「ななこちゃん、これはお母さんじゃないの?先生はお父さんのお顔を描きましょうって言ったでしょう?」と言いました。
ななこは、何と言っていいかわからずに黙ってしまいました。
「黙っていてもわからないでしょう。さあ、お父さんの絵を描いてちょうだいね。」
そう先生が言うと、ななこの目から涙がポロリと流れました。
そして、「おとうちゃん、死んじゃったの。おかあちゃんがおとうちゃんなの。」と小さな声で言いました。
先生はななこのお父さんが亡くなったとは知らずに傷つけることを言ってしまったと反省しました。
「ごめんね、ななこちゃん。そうかあ、おかあちゃんがおとうちゃんかあ。・・・上手に描けてますね。」

学校であったことをななこから聞いたおかあちゃんは、ななこに悲しい思いをさせて申し訳ないと思いました。
それから、おかあちゃんはななこの小さな心を傷めないように、父親参観日などがある時は、おかあちゃんがおとうちゃん役をして見ててあげました。
おとうちゃんがいなくても、おかあちゃんとななこでささやかではあるが幸せな日々を過ごしていました。

しかし、ななこが小学校3年生になった時におかあちゃんが心配していたいじめにあうようになりました。

「お前、おとうさんいないのか?そういえば、お前いつも同じ服着てるしな。」
「そうだ、そうだ。きたね〜」
「あっちいけ〜」

ななこはすっかりいじめの対象となり、毎日毎日ひどいことを言われ続けていました。

ななこは、洋服は少ししかないけど、おかあちゃんが毎日お洗濯してくれるので、決して汚くないことはよくわかっていました。
ななこも女の子だから、新しいお洋服や、かわいいお洋服も着て見たいと思うこともあるけれど、おかあちゃんに買ってほしいとは決して言えませんでした。
ななこは、おうちにお金があまりないことぐらいよくわかっていましたから。

ななこはいじめられても、歯をくいしばってがまんをしました。
そしてそんな時は遠くを見て、静かに目を閉じます。
すると、海に初めて行ったあの日に見た暗闇の中のおとうちゃんがでてきてくれます。
「ななこ、負けるな!」と勇気づけてくれます。
ななこは、目の前にいるいじめっこのことなどに悩むのはたいした問題ではないということを、小さいながらも一生懸命に理解しようとしていました。

そんないじめられっこのななこにも、たった一人ですが仲良しの子がいました。
その子だけは、ななこの味方でした。
ななこがいじめられていると、「何いじわるしてるの〜!自分より弱い子をいじめるなんて、ひきょうよ!」と立ち向かってくれます。
そんな友達がいたので、ななこはいじめられても学校に行くのがそれほど苦ではありませんでした。

ななこも、ただいじめられているのではなく、一生懸命に勉強することで見返してやろうと心に決めていました。
そのおかげでななこの成績はクラスでも上の方でした。
ただ、ななこもいじめられていることをそのままにしていたわけではありません。
ななこは、クラスの話合いの時間に「良いクラスをつくるためにどうしたらいいかみんなで考えましょう。
」という話題を話し合うことを提案しました。
そして「なぜいじめたり、いやがらせをするのか?」いじめる人達の声を聞きました。
返って来た答えは「汚い」とか「むかつく」とかとくに意味のないことばかりが出てきました。
そしてみんなで話した結果、いじめる人は「いじめやすいから」「自分の思い通りにならないから」など、自分勝手でみんなと仲良くしようという気持ちがないからではないかということになりました。
いじめていた人達もあらためて自分達の勝手さに気付き、その結果人を傷つけていたということを知り、反省したようです。
ななこの提案のおかげで、今ではいじめのない明るいクラスになったようです。

ななこがこんなに強く広い心を持って育っていることをおかあちゃんはとても誇りに思っています。

ななことおかあちゃんにはこれからもつらい日々が続くでしょう。
しかし、二人は優しさという強さを持っているので、きっとどんなことも乗り越えて行けるでしょう。

このページの先頭へ    昔話風・現代風メニューへ    童話メニューへ  ホームへ